ご挨拶

                ご挨拶

                         代表幹事 佐田 正之(佐田厚生会佐田病院

 本研究会は胸腔鏡下交感神経遮断術(ETS)を安全確実に行うための技術向上、情報交換、切磋琢磨を目的として設置され、当時国立金沢病院に勤務されていた上山武史先生(故人)が初代代表幹事となり1995年10月に第1回研究会が金沢で開催されました。続いて今年亡くなられた塩谷正弘先生が第2回の研究会を東京で開催され、塩谷先生はその後2代目代表幹事として本研究会の発展に大変なご尽力をいただきました。
 年1回 原則的に外科とペインクリニックが交互に会長を行うことになっており、私も平成21年に第15回本研究会を福岡で開催させていただきました。この時は日本発汗学会総会と同時に開催することができました。本年は第23回研究会を門倉光隆先生を会長として横浜で開催されることになっています。
 多汗症であることへの悩みは想像以上に大きく、職場や学校など社会生活を営むうえでハンディキャップを感じ、精神的にも苦しんでいる方が多くいらっしゃいます。掌蹠多汗症の発症頻度は全人口の2.8%から4.3%と最近では決してまれではない疾患と考えられていますが、本邦では難治性疾患として認知されておらず、患者さんは未治療か高額の自費診療を余儀なくされていました。
 1990年代に入って多くの医学領域で内視鏡下手術の器具、技術が進歩し、胸腔鏡下により胸部交感神経切除、遮断が容易に行えるようになりました。ETSは、1996年4月より保険適応となり、その発汗停止成績の良好なことにより急速に普及してきました。
 しかしながら、ETS後には腹部、背部および大腿部などの非遮断部位を中心に代償性発汗(Compensatory hyperhidrosis)が高頻度にみられ、そのメカニズムも完全には解明されておらず、有効な治療法も存在しないことから、治療成績を下げることなく代償性発汗を抑える手技が模索されてきました。
 我々の施設では長期間にわたって第3肋骨上で交感神経幹の外側1/3と第4肋骨上で交感神経幹の遮断を行い良好な成績を収めていますが、それでも程度や部位に個人差はあれど代償性発汗は起こっています。
 ETSを受けた患者さんの大多数は喜ばれ感謝していただいていますが、一部の患者さんが代償性発汗で悩んでおられるのも事実です。こうした状況もあってか2010年に「限局性局所多汗症診療ガイドライン」が日本皮膚科学会より公表され、手掌多汗症に対する治療適応や治療法選択について一定の方向性が示されました。
①塩化アルミニウム塗布 ② イオントフォレーシス ③ ボツリヌス毒素局注療法  ④ ETS の4つの治療法が推奨される治療法として残り、治療方針としてグランダキシンやプロバンサインの内服、塩化アルミニウムローションの効果がみられない時、ETSへと流れるアルゴリズムが作成されました。そしてETSには「局所療法に抵抗性のある症例で患者本人の強い希望があること、交感神経遮断術の切断部位としてT2は避けることが望ましいとの条件がつきました。
 このように手術優先の時代は過ぎて日本ではETS適応となる患者さんも厳選され少なくなっており、施行している施設も激減していますが、今後ETSに対する適応を厳格化し十分なインフォームドコンセントを行って施行すれば患者さんの福音となるのも事実です。更に近年では、交感神経の外科は狭心症治療にも応用されており本研究会の果たす役割はより一層増加するものと思われます。

 

前代表幹事(物故)ご挨拶

                              塩谷正弘(塩谷ペインクリニック:故人)

この研究会は胸腔鏡下交感神経切除術(ETS)の手技を安全に、確実に行うために専門の医療施設が、情報を交換してお互いに技術を高め合うことを目的に設立されました。
交感神経外科手術は末梢血管症障害の治療として行われてきた経緯から血管外科が中心となって行われてきました。
またペインクリニックでは末梢血行障害、および神経障害性疼痛の治療として、交感神経の経皮的破壊術である、交感神経アルコール遮断術が行われてきました。 特に胸部交感神経アルコール遮断術は多汗症に著効を示すために広く行われてきましたが、手技の困難性から、施行に限界がありました。
1993年に当時関東逓信病院ペインクリニック科では、学会で発表された新しい技術であるETSに注目し、この手技をスエーデンで経験して帰えられた、国立金沢病院心臓外科手取屋先生(現昭和大学心臓外科教授)の指導の元に、この手術を始めました。1994年の1年間手取屋先生の指導で11例のETSを行いました。1995年には年間34例でした。 当時は保険診療として認可されていませんでした。
1996年以後はマスコミにとりあげられとこと、保険診療が認められたことから、急激症例が増加しました。
そのころから外科やペインクリニックの多くの施設で、この手術が行われるようになりました。
1995年10月7日に金沢で第一回研究会が上山会長のもとで主催されました。第2回は塩谷が東京で行い、その後は年1回、原則的に外科とペインクリニックが交互に会長を行うことになりました。患者さんの負担を少なくするために保健収載を厚生省に働きかけるのもこの会の目的でありました。
代表幹事は初代が上山先生でその後を塩谷が行っています。2000年には上山先生が第3回International Symposium on Thoracoscopic Sympathicotomyの会長をされ、金沢で 開催されました。
最近はETSの術前インフォームドコンセントの際に併存症の説明を厳しく行っているために、ETSの適応となる患者さんも厳選され少なくなっている傾向にあります。
代償性発汗などの併存症の対策としての低位切除の方向は手掌・顔面などを支配する交感神経を部分的に切除することになるため、顔面の発汗が多く残ることによって代償性発汗が少なくなる可能性があります。そのため、第3ないしは第4肋骨上での切除が多く行われるようになってきましたが、再発も多い傾向があります。
今後のETSは適応の一層の厳格化の方向にあると思われます。術式としては、低位切除、クリップ法など併存症が起こりにくい手技を目指す必要があるでしょう。


前代表幹事(名誉会員 物故)ご挨拶  
                        上山 武史(元金沢循環器病院心臓血管外科:故人) 

発作性に意識の制御外で突然、手掌に日常生活に支障を生ずる発汗を来す手掌多汗症の患者は想像以上に多く、これにより劣等感を持つ、種々の能力を十分発揮できない、職業選択の範囲が制限される、さらにこれによりイジメの対象になる児童もおり、人知れず悩んでいる人が存在する。
一方、生体の円滑な維持に体温調節が交感神経系の重要な役割として知られ、発汗と交感神経の関係も段々明らかになっている。1990年代になり多くの医学領域で内視鏡による各種疾患の診断・治療が進歩した。胸腔鏡により胸部交感神経節切除術・遮断が容易に行えることにより握手などskin contactが多い欧米で手掌多汗症への適応が検討、実施された。初期には発汗の完全停止を求め行われ、その発汗停止成績の良好なことより、瞬く間に全世界に広がり、本邦でも1万例以上になっている。
術後に生ずる代償性発汗に関しては、他疾患に対し交感神経節遮断を施行した際の術後発汗状況が自制内であり、手掌多汗が消失するメリットがより優れていると考え行われていた。さらに、代償性発汗を多少認めても動物としての人間生存には影響がないことより併存症として認識されたが、それが新たな愁訴になるとは予定しなかった。
この度、当院で最近の7年間に施行した例に対するアンケートで、30%近くが季節により代償性発汗が多いと訴えたが、術前に数回の説明を受けていたので覚悟していたため、対応が可能と答えており、術前に理解させておくことが大切と思われた。代償性発汗を減少させる目的で遮断神経節を減少させた2例で1側手掌に中等度の再発を認めており限界を感じている。代償性発汗が多いと答えた人も手掌発汗が停止し良かったと述べ、患者の希望は手掌発汗停止にあると思われる。今後は代償性発汗の程度を術前に推測しうる手段がないか、より完全な手掌発汗停止と代償性発汗を少なくするという矛盾する二つの命題を解決する方法があるか?さらに、中等度手掌多汗で本手術施行を控えた例を如何に管理するか?など、発汗と発汗停止のメカニズムを含めより深く交感神経機能を研究する必要があり本研究会がこれらの解決に寄与することを期待している。